肩こりや肩の痛みを経験された方はいますでしょうか。臨床でも「肩関節周囲炎」などで肩に痛みが出現したり、肩が挙がらず生活に支障をきたした方々を多く診させていただいております。肩の疼痛について、肩の解剖、症状が起こる原因、対策(予防運動)を説明します。
肩の解剖
肩には上腕骨(上腕骨頭)と肩甲骨の関節からなる肩甲(窩)上腕関節、胸骨と鎖骨からなる胸鎖関節、肩甲骨の肩峰と鎖骨からなる肩鎖関節、解剖学的に「関節」に該当していませんが肩甲骨と胸郭上(肋骨)からなる肩甲胸郭関節から成り立っています。そのため肩複合体と呼ばれています。
【肩複合体】
【肩甲(窩)上腕関節】
肩甲骨と上腕骨が関節包、靭帯、回旋筋腱板でつながっています。上腕骨頭の形状は球状の形をしている一方、受け手の関節窩は平面に近い形状です。10円玉(肩甲窩)の上にピン球(上腕骨頭)が乗ってるようなイメージです。そのため骨同士の安定性はほとんどなく主に関節唇(靭帯の成分)、靭帯、関節包、上腕二頭筋長頭腱、回旋筋腱板という軟部組織で結合性を高めています(1。肩を挙げるときに大きく動く関節はこの肩甲上腕関節です。
肩の関節唇:関節唇は関節窩の周りを囲っている線維で上腕骨頭とうまく適応するような役割があります。
上腕二頭筋長頭筋腱:上腕骨大結節と小結節の間(結節間溝)というところを通り、また結節間溝は横上腕靭帯で覆われています(2。上腕二頭筋長頭腱は筋肉が収縮・弛緩するたびに結節間溝と横上腕靭帯から形成されるトンネルの中を通っているイメージです。
回旋筋腱板:Rotator Cuff(ローテーターカフ)とも呼ばれ肩甲下筋腱、棘上筋腱、棘下筋腱、小円筋腱から成り立っています。
烏口肩峰アーチ(Coraco-Acromial arch: C-A arch):肩峰と烏口突起は靭帯(烏口肩峰靭帯)でつながっています。肩峰、烏口肩峰靭帯、烏口突起で構成されたC-A archの下を棘上筋の腱が通ります。肩を挙げる(挙上)ときに、C-A archと上腕骨頭との間で挟まれることにより断裂を生じやすいと言われています(3。
下図は肩を側面からみた図です(上腕骨を除いた状態)。
【肩甲胸郭関節】
肩甲骨が胸郭(肋骨)上を滑るように動きます。これらは互いに直接的に接することはなく肩甲下筋と前鋸筋を介しています。肩甲胸郭関節の運動は肩甲(窩)上腕関節の運動に連動して動いています。
※肩甲骨は上肢を空間に保持する役割があります。座位や立位では上肢の重さが肩甲骨を介してかかりますが、この重さに対抗して僧帽筋(上部線維)や肩甲挙筋が収縮することで保持できます。そのため座位や立位ではこれらの筋が常に緊張状態となり肩こりを訴える方もおられるようです(4。
【胸鎖関節】
上肢と体幹の骨格を直接連結する唯一の関節です。上肢の円滑な操作のために胸鎖関節の運動の自由度は高いです。自由度は高く不安定な関節に思えますが、関節同士をフィットさせる関節円板や関節周囲を強靭な靭帯で補強されており(一部は肋骨から靭帯がつながっている)、小さな関節ですが脱臼は起こりにくいです(5。
【肩鎖関節】
胸鎖関節同様に小さな関節ですが、胸鎖関節を介して肩甲骨の運動を微調節し、肩甲骨を胸郭上に維持することで(6上肢の円滑な操作が可能となるため重要です。肩鎖関節面が傾斜していること、さらに高頻度でせん断力に晒されることから、脱臼を生じやすい関節と言われています(7。
- 肩挙上の運動について
肩の挙上は肩甲骨の動きが組み合わさって行われていることが分かりました。上腕骨は肩甲骨窩の上を動いていますので肩甲骨が動かなければ上腕骨の動きにも生じにくくなります。具体的には肩を挙上すると肩甲骨は上方向に回転します(上方回旋)。肩の動きで重要な肩甲骨ですが、肩甲骨は背骨(脊椎)の運動がよっても影響がでてきます。背骨が曲がってくると肩甲骨の上方回旋の動きも行いにくくなります。従って肩の運動には肩複合体のみでなく背骨(脊椎)の運動も重要です。
活動での肩の役割
肩甲上腕関節は骨同士の安定性はそれほど高くありませんが、上図のように軟部組織により関節が覆われています。そのため肩の運動における自由度は高く、様々な方向に肩の位置を調整することが可能です。
【具体例1:パワーを要する活動】
しゃがんで重い荷物を持ち上げる際には肩は体幹との関係性のなかで役割を発揮します。重量物の持ち上げは腰を痛める危険性がありますので腰回りや背中を保護しながら動作を遂行しなければなりません。重い荷物を落とさないようにしっかり把持することにくわえて、持ち上げたときに荷物が身体から離れないように、肘や手の位置をそのままの位置に保ちます。これにより上肢の筋群が効率よく最大限に力を発揮できるようになります。同時に背中を保護するためにも背筋が働くように肩の位置が調整されます。
【具体例2:繊細さを要する活動】
ハンガーを頭上の物干し竿にかける動作を挙げてみますと、肩は手との関係性の中で役割を発揮します。立位で把持したハンガーを物干し竿にかけるときは、ハンガーの位置や角度を物干し竿に合わせるために手首や肘で微調節することが求められます。その微調整のために肩の位置が決まります。
これらのことから肩の役割として、体幹の機能を最大限に発揮できるように肩の位置を決めること、手の機能を最大限に発揮させるために肩の位置を決めることが挙げられます(8。
肩の痛みが生じる原因
私が臨床で多く経験するものとして以下に記載します。
関節機能障害:肩の運動に関連する関節がズレた状態で動いたり、それらの関節の動きの余裕がなくなった状態から無理に動かそうとすることで痛みが生じます。
肩腱板断裂:筋肉の損傷として棘上筋の断裂(腱板疎部損傷)が挙げられます。これは外傷によるものが半数、残りは腱板の老化によるものや肩の使い過ぎによるものが原因と推測されています。
神経系の障害:上肢の神経を司っているのが頸椎(首の骨)ですがこれらの動きが低下したり、損傷が加わると肩の痛みや痺れなどの症状が出現します。
心理的要因:関節機能障害や筋、神経の損傷によって生じる痛みに対して不安になったり抑うつ気分になるなど、心因性の疼痛が生じることもあります。これは慢性疼痛に移行しやすいです。
以上の原因は複雑に関係しあっていてどれか一つだけの問題で解決することではないように思います。これらは結果として筋肉のスパズム(筋攣縮)を起こし、筋肉が硬くなることで関節の運動制限をきたします。次に痛みを緩和するための対策(予防運動)を記載します。
対策(予防運動)
筋肉のスパズムを軽減することを目的とした自分で行える予防運動を紹介します。ここでは右側を例として挙げています。運動が上手くできているかどうかを確認する方法として、運動を実施する前に立位や座位で腕を前に挙げたり、外に拡げてみたり、肩甲骨を回し、動きの軽さ(重くないか)や腕の挙がる範囲を確認してみてください。肩に痛みが生じている方は、痛みの無い範囲で行って下さい。
- 肩甲骨の挙上運動
左側の写真のように椅子に座って良姿勢になってください。座位での良姿勢とは耳、肩、坐骨をまっすぐにして両足を床につけます。膝をまっすぐに向けてください。顎を少し引いて目線を床と平行にします。肩の力は抜いてください。良姿勢については「腰痛について:腰痛予防の対策」に記載しています。
次に右側の写真のように右の肩甲骨を耳の方に近づけてください。このとき小さい範囲でも軽く動く範囲で動かしてください。近づけたら一度止め、元の位置まで戻してください。このときに、動きの方向を意識しながら行って下さい。目を閉じて行うと動きの方向が分かりやすいと思います。数回行い、より軽く動くようになったり、結果として動く範囲が拡大したら終了してください。
注意点:
①無理に大きな範囲で動かしたり、力を入れて動かしていないか確認してください。
②運動している側の肩甲骨だけでなく、対側の肩甲骨が一緒に動いていないか、背骨が横に曲がってきていないか、また頭が肩甲骨の動きにつられていないか確認してください。
③痛みがある場合は、痛みが出ない範囲で行うか、もしくは中断してください。
- 肩甲骨の下制運動
左側の写真のように椅子に座って良姿勢になってください。次に右側の写真のように右の肩甲骨をお尻の方に近づけてください。このとき小さい範囲でも軽く動く範囲で動かしてください。近づけたら一度止め、元の位置まで戻してください。このときも同様に、動きの方向を意識しながら行って下さい。目を閉じて行うと動きの方向が分かりやすいと思います。数回行い、より軽く動くようになったり、結果として動く範囲が拡大したら終了になります。
注意点:
①無理に大きな範囲で動かしたり、力を入れて動かしていないか確認してください。
②運動している側の肩甲骨だけでなく、対側の肩甲骨が上方向や下方向に一緒に動いていないか、背骨が横に曲がってきていないか、また頭が動かず肩甲骨のみ動いているかどうかを確認してください。
③痛みがある場合は、痛みが出ない範囲で行うか、もしくは中断してください。
- 肩甲骨の前方突出と外転運動
これまで通り良姿勢で行います。次に右側の写真のように右の肩甲骨を前方向と外方向に動かしてください。肩甲骨は肋骨の形状に沿って滑るように動きますので前方向と外方向に動くようになります。ポイントはこれまで通り、小さい範囲で軽く動かすことです。近づけたら一度止め、元の位置まで戻してください。動きの方向を意識して行って下さい。目を閉じて行うと動きの方向が分かりやすいと思います。数回行い、より軽く動くようになったり、結果として動く範囲が拡大したら終了になります。
注意点:
①無理に大きな範囲で動かしたり、力を入れて動かしていないか確認してください。
②肩ではなく肘を前方に出して肩甲骨を動かそうとしていないか確認し、肘の力は抜いてください。
③運動している側の肩甲骨とは対側の肩甲骨が後ろに動いていないか、背骨が一緒に回っていないか(回旋していないか)、また首が一緒に回旋していないかかどうか確認してください。
④痛みがある場合は、痛みが出ない範囲で行うか、もしくは中断してください。
- 肩甲骨の内転運動
良肢位から次に右側の写真のように右の肩甲骨を内側に動かしてください。肩甲骨が背骨に近づくように、小さい範囲で軽く動かします。近づけたら一度止め、元の位置まで戻してください。動きの方向を意識し、目を閉じるとより動きの方向が分かりやすいと思います。より軽く動くようになったり、動く範囲が拡大したら終了になります。
注意点:
①無理に大きな範囲で動かしたり、力を入れて動かしていないか確認してください。
②肩ではなく肘を後方に引いて肩甲骨を動かそうとしていないか確認し、肘の力は抜いてください。
③運動している側の肩甲骨とは対側の肩甲骨が前や後ろに動いていないか、背骨が一緒に回っていないか(回旋していないか)、また首が一緒についてきていないかどうか確認してください。
④痛みがある場合は、痛みが出ない範囲で行うか、もしくは中断してください。
以上の運動が終わったら、運動を実施する前に行った姿勢で腕を前に挙げたり、外に拡げてみたり、肩甲骨を回し、動きの軽さや腕の挙がる範囲を再度確認してみてください。運動前より、動きが軽くなったり、動きの範囲が拡大すれば上手に行えていると思います。
終わりに
肩の痛みが生じる原因について説明しました。これらの話が全てではないと思いますので、私も勉強しながら新たな発見があったら更新していきます。予防運動については単純な動きなので、簡単そうに見られます。しかし実際行うと難しく感じる方もいらっしゃると思いますし私もその一人です。ストレスを感じない程度で行ってみてくださいm(_ _)m
参考文献)
1)中川照彦(2008年)『整形外科:痛みへのアプローチ 肩の痛み』南江堂,p.17.
2)中川照彦(2008年)『整形外科:痛みへのアプローチ 肩の痛み』南江堂,p.20.
3)中川照彦(2008年)『整形外科:痛みへのアプローチ 肩の痛み』南江堂,p.21.
4)中川照彦(2008年)『整形外科:痛みへのアプローチ 肩の痛み』南江堂,p.24.
5)甲斐義浩,村田伸(2014)『ブルンストローム臨床運動学 原著第6版』医歯薬出版株式会社,p.164-165.
6)甲斐義浩,村田伸(2014)『ブルンストローム臨床運動学 原著第6版』医歯薬出版株式会社,p.168.
7)嶋田智明,有馬慶美(監訳)(2012)『筋骨格系のキネシオロジー(原著第2版)』医歯薬出版株式会社,p.149
8)田平隆行(2014)『ブルンストローム臨床運動学 原著第6版』医歯薬出版株式会社,p.566.
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